Komoda Law Office News

心理的瑕疵に関する告知義務―居室内死亡を題材として

2023.12.13

1.告知義務・重要事項説明義務

宅地建物取引業法47条1項1号は、同法35条1項各号又は2項各号に規定する重要事項説明義務の対象となる事項等の他、「宅地若しくは建物の所在、規模、形質……に関する事項であって、宅地建物取引業者の相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」に関し、宅建業者が「故意に事実を告げず、又は不実のことを告げる」ことを禁じています。

このため、宅建業者は、宅地又は建物の賃貸借契約の締結の勧誘に際し、重要事項説明義務の対象となる事項や、当該宅地又は建物の所在、規模、形質等に関する事項であって、宅建業者の「相手方等の判断に重要な影響を及ぼすこととなるもの」について、告知義務を負うこととなります。

2.居室内における人の死亡と心理的瑕疵

⑴裁判例上、家屋に「建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景」等の事由が存在し、その事由が通常一般人において「住み心地の良さ」を欠くと感じることに合理性があると認められる程度のものであれば、当該家屋は家屋として通常有すべき「住み心地の良さ」を欠いており、「瑕疵」があると認められ得ます(大阪高裁昭和37年6月21日判決)。

そのため、例えば居室内において殺人や自殺により人が死亡していた事実があれば、「心理的瑕疵」に該当する可能性があり、当該事実の有無は、対象となる建物の売買契約又は賃貸借契約を締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼすこととなり得るため、宅建業者としては、取引の相手方等に対し、当該事実について告知すべき義務を負う場合があります。

⑵もっとも、各事案における事件の嫌悪性の程度、対象物件及び近隣住民の状況、取引当事者の事情等は一律のものではないため、瑕疵該当性及び告知義務の有無、程度、方法、告知すべき期間等については一般的な基準はなく、個別具体的な判断となります。

ただし、裁判例上、事件の重大性(残虐さ、悲惨さ等)、経過年数、地域住民に事件の記憶が残っているかどうか等は、瑕疵該当性及び告知義務の有無を判断する一要素とされており、売買契約の方が賃貸借契約よりも告知義務の範囲は広いと解される傾向があります。

不動産と契約書  

3.基本となる考え方

⑴自然死又は不慮の事故死等の場合

→日常生活の中でそのような死が発生することが当然に予想される
∴告知義務を否定する方向。
※長期間にわたり死体が放置された場合、特殊清掃や大型のリフォームが必要となることがあり、契約締結するか否かの判断に重要な影響を及ぼすことから、告知義務が肯定され得る。

⑵自殺等の場合

→居室内での自殺は賃借人の善管注意義務違反になり得る
「自殺をしないで賃借物件を使用収益する義務」(東京地裁平成22年9月2日判決等)。
∴告知義務を肯定する方向。

4.関連裁判例

⑴自然死に関する裁判例

①東京地裁平成18年12月6日判決
賃貸アパートの賃借人が、賃貸人及び仲介業者に対し、自己の居室の階下の居室で半年以上前に自然死があった事実を告知すべき義務に違反したなどとして、入退去費用及び慰謝料等の支払を求めたが、上記事実は瑕疵に該当しないとして請求が棄却されました。

②東京地裁平成19年3月19日
借上げ社宅の従業員(居住者)が居室内で脳溢血により死亡していた事案において、裁判所は、借家であっても人間の生活の本拠である以上、老衰や病気等による自然死は、当然に予想されるところであり、借家での自然死につき当然に賃借人に債務不履行責任や不法行為責任を問うことはできないとの一般論を述べた上、死亡4日後の発見が賃借人の債務不履行等であるとは認められないとして、賃貸人の賃借人に対する損害賠償請求を棄却しました。

③東京地裁昭和58年6月27日判決
賃借人が賃貸居室内で病死したが、真夏の時期で死亡から10日後に発見されたため、遺体は腐乱し、汚物・体液が床等に染み込み、悪臭が隣室まで漂うこととなり、隣室の賃借人は退去するに至ったという事案において、賃借人の相続人、保証人らは、賃貸人に対し、建物の原状回復費用(修理費用)、及び修理が終了し悪臭が消えるまでの1か月間の賃料相当額の賠償義務のみを負い、悪臭が消えた後の当該居室及び隣室の逸失賃料等の支払義務までは負わないと判断されました。

⑵自殺に関する裁判例

④東京地裁平成19年8月10日判決
賃借人が賃貸居室内で自殺する事件のあった物件について、裁判所は、当該物件が都市部のワンルームであり、近所付き合いが希薄であることを考慮すれば、自殺事件後最初の賃借人には当該事件を告知する義務はあるが、その次の賃借人には特段の事情がない限り告知する義務はなく、また当該居室以外の居室の賃貸に当たっては、告知義務は無いと判断しました。また裁判所は、このことを前提に、賃借人の相続人及び保証人は、賃貸人に対し、事故後1年間は賃貸ができず、その後2年間は従前賃料の半額でしか賃貸できないとした場合の3年分の逸失利益の賠償義務のみを負うとしました。

⑤東京地裁平成13年11月29日判決
借上社宅内で賃借人の従業員が自殺した事案において、裁判所は、賃貸居室は大都市に所在する単身者用のアパートの一室であることから、本件事件は2年程度を過ぎると瑕疵ではなくなり、他に賃貸するにあたり、本件事件を告げる必要はないとした上で、賃借人(使用者)は賃貸人に対し、2年間の当該居室の賃料差額に相当する額に限り賠償する義務を負うと判断しました。

⑶筆者コメント
上記①では、死亡の現場が原告となった賃借人の居室ではなく階下の居室であったことに加え、殺人や自殺ではなく自然死であったことが判断の分かれ目となったものと考えられます。

ただし、賃貸人や仲介業者の告知義務違反が争点となった事案ではないため、同様の事案において、賃貸人は賃借人側に賠償請求はできないものの、新たな賃借人の募集時に告知義務を負わないとまでは言い切れないところであります。

すなわち、上記④⑤の判決から考えるに、自然死発生後最初の賃借人には告知義務を負うと解される場合であっても、当該賃借人が退去すれば、その次の賃借人にまでは告知義務は負わないこととなる可能性が高いといえるし、また告知義務を負い得る期間は長くとも2~3年程度となると考えることが可能と思われます。

 

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