2023年(令和5年)7月13日、性犯罪関係の改正法等が施行されました。
改正法等の内容と、これまでとどう変わったのかを整理しておきます。
1.新しい罪名になった「不同意性交等罪」、「不同意わいせつ罪」とは?
(1)犯罪の成立要件
下記A~Cの条件で、性交等をしたら不同意性交等罪、わいせつな行為をしたら不同意わいせつ罪に当たります。
(2)これまでとの違い
一言でいうと、これまでの強制性交等罪(及び準強制性交等罪)、強制わいせつ罪(及び準強制わいせつ罪)よりも処罰の範囲が広がりました。
〇「暴行又は脅迫」という行為に限られなくなりました。
法改正前は、暴行か脅迫を行った上での性交等やわいせつ行為しか刑法上の性犯罪として処罰されませんでした。
しかし、今回の法改正によって、前記Aの①~⑧の行為又は事由、その他これらに類する行為又は事由、に広げられました。
とはいえ、①の前段は、従前の暴行又は脅迫の要件と同じです。
また、①の後段と②~④は、後に説明するように、従前の準強制性交等罪又は準強制わいせつ罪に該当していた類型を具体化したものと考えてよいと思います。
これに対し、⑤と⑥~⑧の前段は、これまで刑法上の性犯罪としては処罰が困難であった類型、あるいは裁判で鋭く争われてきた類型の行為といえます。
まず、⑤と⑥については、暴行や脅迫に至らない場合が想定されているので、これまでは、処罰が困難であったり、裁判で争われる場面が多かったりしたと思います。
次に、⑦については、虐待が常態化すればするほど暴行や脅迫がなくなっていき、むしろ相手が自発的に応じているかのような心理的反応がみられたりすることから、これまでは、処罰が困難であったり、裁判で争われる場面が多かったりしたと思います。
そして、⑧については、たとえ経済的又は社会的関係上優位な地位にいる者の行為であっても、監護者性交等罪又は監護者わいせつ罪(刑法179条)の「その者を現に監督する者」の要件に当たらず、かつ暴行又は脅迫がなければ、これまでは、処罰が困難であったり、裁判で争われる場面が多かったりしたと思います。
今回、暴行又は脅迫がなくとも、⑤~⑧のような行為等によって、相手に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」て、あるいは「その状態にあることに乗じて」性交等やわいせつ行為に及んだのであれば、刑法上の性犯罪として処罰され得ることになりました。
〇行為・事由によって相手をどうさせたかの要件が緩和されました。
法改正前は、昭和24年5月10日の最高裁判決に基づいて、強姦罪の暴行、脅迫は、相手に「抗拒(抵抗すること)を著しく困難ならしめるもの」であったことが必要とされてきたので、実務上、「暴行、脅迫によって相手の反抗を著しく困難とさせたこと」が犯罪の成立要件として取り扱われてきました。
言い換えると、相手が抵抗できたのではないか、(それなのに抵抗しなかったから、同意していたのではないか)ということが争点とされてきたのです。
しかし、今回の法改正によって、前記A①~④前段、⑤、⑥~⑧前段の行為によって、相手に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ」た場合と緩和されました。
平たく言うと、相手が嫌と思うことすらできない状態、嫌と言ったり伝えたりすることが難しい状態、嫌と言ったり伝えたりできたもののそのとおりになることが難しい状態にさせた場合、という要件に緩和されたのです。
これによって、相手が抵抗できた(のにしなかったから、同意していたのではないか)、と弁解してみても、有効な反論とはならなくなりました。
相手が「同意していた」といえて初めて有効な反論となります。
〇これまで準強制性交等罪、準強制わいせつ罪とされてきた犯罪も罪名が統一され、要件も大きく緩和されました。
法改正前は、相手が「心神喪失」又は「抗拒不能」である状態に乗じるか、そのような状態にさせるかして、性交等をすれば準強制性交等罪、わいせつな行為をすれば準強制わいせつ罪とされていました。
しかし、今回の法改正によって、罪名は不同意性交等罪又は不同意わいせつ罪に一本化されました。
そして、これに伴って、処罰範囲も拡大されました。
つまり、これまで準強制性交等罪、準強制わいせつ罪として処罰されてきた典型的な行為としては、前記Aの②~④前段の行為による性交等やわいせつ行為、あるいは前記Aの①~④後段の状態にあることに乗じた性交等やわいせつ行為といえました。
もっとも、法改正前は、それらの行為によって相手を「心神喪失」又は「抗拒不能」にさせたこと、あるいは、相手が「心神喪失」又は「抗拒不能」の状態にあることに乗じたことが必要でした。
しかし、今回の法改正によって、相手が「同意しない意思を形成し、表明し又は全うすることが困難な状態にさせ」、あるいは相手に「同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じて」ということとされたもので、要件が緩和されました。
また、前記A⑤や、⑥~⑧後段の事由に乗じた行為も、相手に「同意しない意思を形成し、
表明し若しくは全うすることが困難な状態にあることに乗じて」と評価されれば、処罰され得ることになりました。
〇新たな犯罪類型が用意されました。
今回の法改正によって、新たに、前記Bのとおり、「行為がわいせつなものではないと誤信させ」若しくは「行為をする者について人違いをさせ」又は「それらの誤信若しく人違いをしていることに乗じて」性交等やわいせつ行為に及ぶ場合にも性犯罪が成立すると明記されました。
法改正前は、医療従事者が「これは医療行為だから」と誤解させたり、宗教関係者が「これは宗教行為だから」と誤解させたり、スポーツ等の指導者が「これはトレーニングだから」と誤解させたりし、あるいは、暗闇や目隠し状態で「パートナーだろう」と勘違いさせるなどして、性交等やわいせつ行為をしたり、相手がそのような状態にあることが分かりながら、誤解を解かずに性交等やわいせつ行為をした場合、暴行や脅迫がなければ強制性交等罪や強制わいせつ罪の処罰が困難成立は難しいとされてきました。
しかし、今回の法改正によって、そのような場合にも性犯罪が成立すると明記され、性犯罪成立の要件は大きく緩和されました。
〇同意があっても性犯罪が成立する場合の相手の年齢が、16歳未満の者に引き上げられました。
法改正前は、相手が「13歳未満の者」に性交等又はわいせつ行為をすれば、たとえ同意があっても強制性性交等罪又は強制わいせつ罪が成立するとされてきました。
しかし、今回の法改正によって、同意があっても性犯罪が成立する場合の相手の年齢が「16歳未満の者」に引き上げられました。
つまり、これまでと異なり、原則として、15歳以下の者に対し、性交等やわいせつ行為をすれば、たとえ同意があっても、不同意性交等罪又は不同意わいせつ罪が成立することになりました。
ただし、年少者同士の行為を処罰しないために、相手が13歳、14歳、15歳である場合については、行為者が5歳以上年長である場合(相手の誕生日より5年以上前の日に生まれた者)に処罰が限られることとされました。
〇より重く処罰される「性交等」の範囲が広がりました。
法改正前は、「性交等」とは、「性交、肛門性交又は口腔性交」に限られていました。
しかし、今回の法改正によって、「性交等」に、膣や肛門に陰茎以外の身体の一部又は物を挿入するわいせつな行為が含まれることとなりました。
改正前は、「わいせつな行為」として、強制わいせつ罪にしかならなかった行為です。
その結果、前記A~Cの要件の下で、このような行為をすれば、「不同意性交等罪」として、これまでよりも重い刑罰が科されることになりました。
〇配偶者間においても不同意性交等罪、不同意わいせつ罪が成立することが明確化されました。
これまでも、裁判実務において、配偶者間においても性犯罪が成立することが認められてきましたが、法改正によって、それが明確化されました。
2.新設された、16歳未満の者に対する「面会要求等罪」とは?
これまでは、わいせつ目的での16歳未満の子どもに対する面会の要求行為、面会行為や映像送信の要求行為について、強要罪(刑法223条)が成立する場合を除けば、罪に問われる場面は限られていました。
しかし、今回の法改正によって、わいせつ目的での16歳未満の子どもに対する面会の要求行為や面会行為、また16歳未満の子どものわいせつ写真や動画を撮影して送信することの要求行為が新たに処罰されることになりました。
ただし、年少者同士の行為を処罰しないために、相手が13歳、14歳、15歳である場合については、行為者が5歳以上年長である場合(相手の誕生日より5年以上前の日に生まれた者)に処罰が限られることとされました。
以下に概要を示します。
16歳未満の子どもに対して、下記A~Cいずれかの行為をしたら(ただし、相手が13歳以上16歳未満の子どもは、行為者が5歳以上年長である場合に限る。)、16歳未満の者に対する面会要求等罪に当たります。
なお、下記A及びBの結果、実際に性的行為に及んだ場合には不同意性交等罪又は不同意わいせつ罪が、下記Cの結果、実際にわいせつ写真や動画を撮影して送信させた場合は不同意わいせつ罪が、それぞれ成立し得ると解されています。
3.法改正によって実現された性犯罪の公訴時効の延長とは?
今回、刑事訴訟法の改正によって、性犯罪の公訴時効が延長されました。
4.新設された「性的姿態等撮影罪」等とは?
これまでは、性的な姿態等を撮影したとしても、各都道府県の迷惑防止条例や、児童買春等処罰法のひそかに児童ポルノを製造する罪等が成立する場合を除けば、罪に問われる場面は限られていました。
しかし、今回の新法成立によって、性的姿態等を撮影するなどの行為が新たに処罰されることになりました。
以下に概要を示します。
なお、法律の条文上は、他人に見られることが分かっていながら自ら露出している場合等を除く、などという細かい条件が付いていますが、分かりにくくなるので、以下では割愛します。
5.新設された没収規定とは?
新法によって、以下の①や②の複写物の没収も可能となりました。
(※原本は、刑法で没収対象となります。)
①性的姿態等撮影罪又は性的姿態等映像記録罪の犯罪行為により生じた物
②リベンジポルノ法違反の罪の犯罪行為を組成した物等
6.現時点では施行されておらず、今後施行が予定されている規定とは?
①いわゆる司法面接の方式によって聴取された録音録画記録媒体について、刑事裁判における証拠能力の付与(令和5年12月までに施行予定)
②検察官が保管する押収物に記録されている性的画像等について、消去、廃棄、リモートアクセス先の電磁的記録の消去命令(令和6年6月までに施行予定)
7.雑感
今回の法改正等について、巷では、性交渉等の前に同意書面を交わしておかないと処罰される!などのコメントも流れていましたが、決してそういうことではありません。
今回の法改正等は、前回の刑法改正のときにも議論されたけれども積み残しとされた課題について、全会一致で可決に至ったものです。
性交渉等の前に確認する同意は口頭で足ります。 きちんとコミュニケーションをとりましょう。
また、人の性的行為や性的部位等を、こっそり撮影するだけでなく、提供、保管、ライブストリーミングやその映像の記録までも処罰されることになりましたので、留意しましょう。
KOMODA LAW OFFICE 弁護士
川本 日子 AKIKO KAWAMOTO
検事在職22年6月を経て、弁護士へ。
座右の銘は人生なお自転車の如し(倒れないように前に進み続けよう)。